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草木無量がただただ書く(旧)

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ブログで使う1人称について(結論:特に信念なし)

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なぜこの記事を書こうと思ったか

 ブログだったか何だったか忘れてしまったのだが、文章を書くときにどの1人称を使うか迷うみたいなことが書かれている記事があった(その方は男の人だった)。

 

 たしか、「俺」だとワイルド過ぎて、「僕」だと弱弱しすぎるとかそんな感じで書かれていたと思う。

 

 記事を書いていてごくたまにだが、似たようなことを私も思うことがあるので記事にしてみようと思った。とは言え、ものすごい信念があるわけではなく軽い感じなので短いです。

 

このブログで使う1人称について:特に信念はない

 私のブログの場合、1人称は「私」も「僕」も「俺」も「草木」も「草木無量」も使っている。少ないが「自分」も使っているかもしれない。

 

 「ワシ」とか「ワイ」とか「おいどん」とか「小生」とか「拙者」とか「I」とか「あたし」とか「あたい」とか「あちき」とかはたぶんないと思う。

 

 ではどんな法則で書き分けているのかというと、それはその時の気分で使っている(この記事ではなぜか自然と「私」を使っている)。下手すると記事の中でも「僕」と「私」が混ざっていたりコロコロ変わっていると思う。気づいたときは直すこともあるが。

 

 その時の気分なので今後「ワシ」とか「あたい」とか突然使う記事が出てくるかもしれない。

 

 脱線するが、似たような問題で、「だ。である。」調(常体)と「です。ます。」調(敬体)の統一の問題がある。私の場合、調べたわけではないが、「だ。である。」調(常体)が多いと思う。そして、あまり美しくないのかもしれないが、1記事の中でこれらが混ざっていることも多数あるというかほとんどそうなのではないかと思う。

 (尚、ちょっと調べたら、論文の書き方で「だ調」と「である調」の混在禁止が書かれたサイトがあった。あまり文法に詳しくないのでこのブログは当然混在。)

 

 話を戻す。

 

 このブログでは1人称は気分で使い分けている。いや、使い分けているというよりは自然に使い分けてしまっているという感覚だ。時々どれもしっくりこない感じがしてちょっと迷うことはあるけど。

 

 ブログ主のキャラづくりという意味では、「ワシ」とか「拙者」とか使うとキャラが立つ感じがするが、キャラを作るためにブログを書いているわけでもない。

(とは言いながら、1人称ではないものの、記事を締める時の「合掌」はキャラを意識している部分があって敢えて使っている感があるのだが。矛盾。)

 

 結論:このブログで使う1人称について特に信念はない。

そして、このブログにも大した信念はない

(と言っておくと矛盾があっても気持ち的に楽という小ずるい思惑もあるが、実際大した信念はない。気の赴くままに書くという感じだ。)

 

読んでいただきありがとうございました。

 合掌

 

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