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草木無量がただただ書く(旧)

http://kusakimuryou.com/←こちらに引っ越しました。ここはそのうち閉鎖する予定です。

今年は会社を辞めたことが一番大きな出来事だった【2016年をふりかえる①】

1.自分のこと 4.脱サラ 15. 雑感

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はじめに

 これまでの人生で年末に1年をふりかえるなんてことはしていませんでした。考えるのがめんどくさいというか、あまり必要性も感じないというか、ともかく1年のふりかえりをまともにしたことなどありませんでした。

 

 しかし、ブログをやっている今となっては1年のふりかえりの記事は貴重なネタの一つになりますw また、ブログを書くようになって頭の中が整理される効果や、逆に書くことでそういえばこんなこともあったあんなこともあったと次々と様々なことが思い浮かんでくるような効果を実感しています。

 

 つまりは書くことで様々な気づきがあるというメリットを感じています。

 

 ということで1年をふりかえる記事を書くことで、また何かしらの気づきが得られるのではないかという効果も考えつつ、今日と明日、明後日の3回に分けて2016年をふりかえる記事を書いていきたいと思います。

 

 1回目の今日は会社を辞めたことについてふりかえりたいと思います。

 

まさか会社を辞めるとは思わなかった

 何といっても私にとって今年の一番大きな出来事は会社を辞めたことです。

 

 年初には会社を辞めるなんてことは全然考えていませんでした。忙しくて残業も休出もして疲れてはいましたが辞めるという選択肢は当初ありませんでした。

 

 残業が多かったので産業医との面談も常連になっていましたが当初は「全然大丈夫です」と言っていたくらいです。

 

 ところが、労働時間が一向に減らなかったのと、仕事的に自分の苦手な交渉・調整的な役回りが多くなっていって精神的に疲れていったのもあってだんだん会社に行くのがつらくなってきました。

 

 産業医との面談でもいつしか「少しつらいですね」みたいなことをつぶやくようになっていきました。

 

 そしてあまりにも仕事がきつくなってきたので、次第に「死んでしまった方がいっそ楽だな」なんて物騒なことを考えるようになってしまいました。

 

 そんなことを考えながら帰宅すると妻に「どうしたの?大丈夫?」と言われてしまいました。たぶん相当ヤバイ表情、ヤバイオーラが漂っていたのでしょう。限界でした。

 

 翌日から会社を休みました。

 

 本当にありがたかったのは、突然休んでしまったにもかかわらず上司をはじめ社内で私のことを責める方がいなかったことです。

 

 私がいなくなった分は誰かがカバーしなければなりませんから、ものすごく迷惑をかけたはずなのに、休職中も色々な方が電話やメールで「大丈夫だ」と言ってくださったのが本当にうれしかった。

 

会社は誰か一人が欠けてもきちんとまわる。その欠員を埋めるのは会社の課題。

 

 そしてこれはよく言われることですが、不思議なもので会社って自分がいなくてもきちんと回っていくのですね(多少はメールとか電話でやり取りすることはありましたが、それも1か月程度だったと思います)。

 

 だから、もし「会社に迷惑をかけるからつらいけど休めない」と思っている方がいれば、「大丈夫。休んでください。その穴を埋めるのは会社の課題です。あなたの課題ではありません」と言ってあげたいです。

 

 アドラーの「課題の分離」ってやつですね。他者の課題まで背負い込まないということですね。

 

 会社で誰かが疲弊していく状況を考えてみます。その人が疲弊してしまうのは、もちろんその人個人の特性もあるでしょう。しかしより本質的には会社の悪い部分がその人個人に疲弊という現象として表れているに過ぎないと思うのです。

 

 つまり、その個人にのみ疲弊の原因があると考えているうちは、同じことが起こり続けると思うのです。

 

 そういう意味で欠員を埋めるのは会社の課題だと思うのです。

 

長期間休職した後、別の職務に就くという選択肢もあったが退職を選んだ

 上司も産業医も会社に残る選択肢をすすめてくださいました。しかし私は当初から一貫して「退職」の選択肢しか考えていませんでした。

 

 冒頭、年初には辞めるつもりなんて全くなかったと書きましたが、休むようになってからはもう退職しか頭にありませんでした。

 

 会社の制度を使えば1年以上傷病手当金などをもらいながら休めたのですが、退職すると決めたのに会社にしがみつくのは嫌でした。

 

 ここで制度を使ってお金をもらいながら休んでいれば、短期的には損か得かで言えば得だったのでしょうが、なにかそれは気持ち悪かった。潔くないと思ったのです。何より早く辞めたかった。

 

 どうしてそんなに辞めたかったのかと言われると、もうサラリーマンとして働くことが嫌になっていたのですね。

 

 冷静に考えればいい会社だったとは思うし、そこまで嫌な人がいたわけでもなかったのだけど「適度な緊張感をもってバリバリ働いて毎日自分も成長!会社も成長!」みたいなサラリーマンとしてあるべき姿みたいなのに嫌気がさしていたのかもしれません。

 

 しかし、上司や産業医からは「今は冷静じゃないだろうからゆっくり休んでから残るのか辞めるのか結論を出した方がいいのでは?復帰後は別の職務でもいいし」と言われました。

 

 これは本当にありがたいことなのですが、しかし、決意は1ミリも変わりませんでした。結局有給休暇だけ消化して会社を辞めることにしました。

 

退職したことに後悔は1ミリもない

  一番やってはいけないとされる「無計画にエイヤ!」で辞めてしまったわけですが、この判断は正解でした。

 

 サラリーマンの時と見える景色が違います。無駄なストレスがないといいましょうか。人間こんなに気持ちよく毎日過ごせるんだなという感じです。

 

 無職になったことで安定収入はなくなったわけですし、無職は無職なりに大変なこともありますが、それでも退職したことに後悔は1ミリもありません。

 

 何というか「自分の人生は全て自分で決められる」という気分です。良く考えたら当たり前のことなのですが。

 

 これからどんな人生を自分で作っていくのか楽しみです。

 

 そういう意味では、2016年は新たな出発の年、第二の人生の始まりの年にもなりました。一般的な意味での「第二の人生」にしてはちょっと早すぎる年齢ですが。

 

 2017年も楽しみです。

 

 明日はまた別の視点から2016年を振り返ってみたいと思います。

 

つづく(↓つづき)

kusakimuryou.hatenablog.com

 

読んでいただき、ありがとうございました。

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合掌

 ↓ベストセラーのアドラー本。課題の分離について書かれています。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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